日本のパチンコの歴史・・・今太閣の正村竹一氏
オール物---これをやったのが、いわゆる「元祖・正村」で、このオール物の出現によって、パチンコはいよいよ大衆にアピールし、爆発的な人気を呼ぶようになり、正村は業界の一方の雄として、ここに地盤を築きあげたのでした。
「元祖・正村」---正村竹一氏がその人です。もとをただせば岐阜の一寒村からノコノコ飛び出してきた"高小"(高等小学校)出の職工(工員の旧称)。
終戦までの12年間に、20以上も職をかえ、だいぶ苦労をしたようです。
戦後、自分でパチンコ台をつくり、自分の店で営業を始め、再三改良を加え、玉が10個とか15個出るキカイを考案しました。
このパチンコ台が昭和23年頃から、名古屋を皮切りに出回り出すと、敗戦でうちひしがれた大衆のささやかな娯楽として、急速に全国に広まりました。