日本の歴史・・・玉式パチンコ台第1号
「このままでは早晩、飽きられてしまうかもしれない」と、ひそかにパチンコ台の改良にかかっている人がいたのです。
---いうまでもなく、その頃のパチンコは、メタル式を受けついでいましたので、どうもイマイチ、スピード感とスリル感に欠けていました。
そこで、名古屋の「京極製作」という専門メーカーの某氏が、浜松市のオルガン・メーカー「山葉」につくらせたのが、"玉式"のパチンコで、これが「玉式パチンコ台第1号」といわれています。
---もっとも、この玉式は、玉が二つとか三つ出る形式のものでしたが、メタル式にはないスピード感とスリル感がありました。