日本の歴史・・・戦後のパチンコ第1号 3
---名古屋は、戦前のパチンコの中心地で、昭和12年頃にはパチンコ屋380軒、専門メーカーも4軒ほどできましたが、8軒は金沢(石川県)でした。
これからみると、名古屋の専門メーカー数は少数で、金沢のほうが優位ですが、名古屋のメーカーは、どこも生産力が大きかったので、名古屋が中心地となっていたのですが、パチンコ屋の戦時停止のあおりを食い、やむなく休業中でした。
しかし、金沢盛況のニュースを知ると「ソレッ、バスに乗り遅れるな!」とばかり、直ちにパチンコ台の再生産にとりかかりました。
---その結果は注文殺到、つくる端から売れていき、再び名古屋はパチンコの中心地となったのです。