日本の歴史・・・戦後のパチンコ第1号
昭和20年8月15日---、戦争は終わりました。
禁圧されていたあらゆるものが解除となりました。パチンコもそうです。
戦争中、営業停止となり、一度は息の根を止められましたが、一部では、しぶとく営業を続けていたパチンコです。
好機到来!とばかり、息を吹き返したのは、なんと終戦数日後の早さだったのです。
その「戦後派パチンコ第1号」は、金沢(石川県)でした。
---金沢といえば、大正13年頃、同市の歳田精一氏という人が、パチンコ台を発明して、この台に「歳田式」という名をつけたが、間もなく、これを「パチンコ」という名に改めたので、今日の「パチンコ」という名がこのとき起こった、とか、昭和12年頃にはパチンコの専門メーカーも12軒ほどでき、そのうち8軒は金沢だった。